詐欺師たち
先日、カラーコピーの一万円札をタクシー内で使い、捕まった人がいるというニュースがありました。カラーコピーの一万円札などを、使えるとしたらタクシー位なのでしょう。薄暗い車内でなければ、そんなものは直ぐにバレてしまうでしょうからです。私ならそんなものに騙されはしないと思うのですが、その犯人は9枚のカラーコピーの一万円札を使ったというので、8件はバレずに使ったという事です。8人の運転手が気付かずに騙されたというのなら、私も危ないかもしれません。実際に釣り箱のなかに、五百円に混ざって五百ウォン玉が入っていたことがありますが、何時何処で、掴まされたのか全く分かりません。
最近の詐欺は、いわゆる電子マネーでの支払いの時に、スマホから決済の音だけを出すアプリを使って騙すというものがあるそうです。急いでいるから、領収書はいらないと言って、逃げるわけですが、ドライブレコーダーに姿が映っているのを分かっているのでしょうから、マスクなどで変装をしているのでしょう。そういったいくつかの条件のある人には、注意する必要があるのですが、ちょっと面白いのでそんな詐欺師にあってみたいです。
詐欺師というと何百万、何千万、何億というお金を騙す人たちというイメージのある人が多いと思いますが、私のイメージではせこい人達です。騙すことが好きなのか、騙すことで優越感を感じるのか、お金ではなく人を騙すことに興味があるとしか思えない人がいるのです。五百ウォン玉を使う人もそうですが、たいした金額ではないのに、上手く騙したというので満足するのでしょう。そんな詐欺師にこんな人がいました。その人は二十代後半から三十代前半位の男性で、代々木から乗ってきて渋谷に着くと、カードで支払うと言いカードを出してきたのですが、カードが通りません。使えないカードだとメッセージが出るのです。そのことをそのお客に言うと、そんな事はないと言い、何故かいきなり電話をするのでした。「○○カード会社ですね、○○だけど、私のカードが使えないなんて、タクシーの運転手がふざけた事を言うのだけど、そちらからちゃんと言ってやってくれないか。」とこう言って、私に電話を替わるように言うのですが、私はその時点で違和感がありました。なぜなら、カード会社に電話して名乗るだけで通じることなどあるとは思えないからです。先ずはカード番号などを言って、調べてからの対応が当たり前だからです。おかしいと思いながら電話にでると、女の声で「カードには何も問題はありません。使えないのはそちらに問題があると思います。」とこう言うのでした。あまりにもそっけない言いかたに有り得ないなと確信しました。最低でもどこそこのカード会社ですと名乗ってから、いつもお世話になっていますくらいは言うものだと思うからです。間違いなく詐欺です。ただこんなずさんな詐欺でいったい何がしたいのかと思うのでした。
渋谷署へ
時刻は午後の1時頃の渋谷です。場所は宮益坂のすぐ手前の明治通りです。歩行者の絶える事は無いような場所なので、そのお客が凶行に及ぶようなことは不可能です。私は率直に疑問に思えることをそのお客に言いました。「現金はお持ちでははありませんか。」と言うと、「私は何時もカードしか使わないんだ。」と言うので、「それでは他のカードをお願いします。」と言うと、「他のカードなんか無いよ。」と言うのです。「クレジットカードというのは、例えば反ってしまったりとか、他の磁気に触れたりすると使えなくなったりしますから、1枚だけのカードでは何があるかわからないので、普通は数枚のカードを持つものですけど。」と言うと、そのお客は激高するのでした。「ふざけるな、俺が悪いと言うのか、テメエ訴えてやるからな、覚悟しろよ。」と言うのです。本当に面倒くさいお客に当たったなと思いながら、「そんなに怒らなくでもいいじゃないですか。要するにカードが使えないのはこちらのせいだから、料金は払えないと、そういう事ですか。」と聞きました。1270円の料金を払わないで済まそうという事なのかと、そのセコイ企みにウンザリしました。そんな事の為に、電話の向こうに共犯者まで用意しているのです。そのお客は薄笑いを浮かべて、「そういう事だよ。そちらが悪いんだから、しょうがないだろ。」とそう言うのでした。
「話はよく分かりました。しかし私も、だからといって、料金はいいですというわけにはいきませんよ。現金の持ち合わせがなく、カードも他にはなくて、そのカードが使えないとなると、責任が一方的にこちらにあるとは思えません。しょうがないとは思えないので、どうするつもりですかとは、私の方が言う言葉です。」とそう言うと、「この野郎、会社に訴えるだけじゃなく、警察にも訴えるぞ。」と言うので、「なるほど、それじゃあ、あなたの手間を省いてあげましょう。すぐそこに渋谷警察署があるじゃないですか。今からそこへ行って話し合いましょう。」と私は言いました。詐欺だと確信していましたし、もしそうでなくても私にそれほどの問題があるとは思えないので、こちらに問題があったなら素直に謝ればいいと考えての事でした。
「それでは渋谷署に行きますよ。」と言い、走り始めたのとほぼ同時にそのお客はいきなりドアを開け、外に飛び出したのでした。あっと思ったときは既に遅しという感じでした。車の進行方向とは反対方向へ猛ダッシュで走る後ろ姿を見ながら、私は直ぐに諦めたのでした。どちらかと言うと初めからそうしれくれたら、これほど無駄な時間を過ごすことも無かったのにと思うのでした。警察に被害届を出すのもまた無駄に時間を浪費するだけで、これほど少額だと、警察もまともに捜査もしないに違いないので今回はあきらめることにしました。
福島県白河へ
今日のテレビでも、タクシー強盗のニュースがありました。今はカードの他にも、電子マネーなどもあり、案外に現金はないのに、強盗殺人未遂と言っていました。犯人は20代~30代の細身の若者ということでしたが、奪ったお金は1万円だそうです。ドライブレコーダーに録画されているので、多分捕まるでしょう。強盗殺人未遂犯となると警察も本気で捜査するので、タクシー強盗がいかに割に合わない行為かが良く分かります。
しかし詐欺犯となると話は変わります。タクシーでの詐欺は料金を騙すくらいのものが多く、そんな少額の犯罪は警察も本気で捜査をしないので、なかなか捕まりません。タクシー会社の朝礼や明番集会などでも、こんな詐欺が発生しているので、注意してくださいというような話はしょっちゅうなのです。最近でも、1万円を持ってくるので、先にお釣りをくださいと言って、お釣りを持って逃げたという詐欺の話がありましたが、何故先にお釣りを渡したのかは謎です。昔聞いた同じような話では、ヤクザの兄貴が急いでいて時間が無いので、お釣りを持ってくれば1万円を貸してもらえるからということで、お釣りを先に渡したというのでした。それでもそんな理不尽な話は聞く必要はありません。いくら ヤクザでも、そんなことで暴力を振るったりして、警察と関わるなんていうのは避けたいでしょうから、はっきりと断るのが正解です。
いろいろな詐欺の話は、聞くたびにそんなことで騙されるなんてないだろうと思うのですが、実際に会う事はほとんどないので、オレオレ詐欺の話のように、何故だまされるのだろうと思うだけです。
しかし驚いたことに朝礼で聞いた詐欺犯に、遭遇したことがあります。その詐欺犯は福島県の白河に行ってくれと言い、運転手が時間的に無理だと言うと、親が危篤でどうしても今日中に帰りたいので、1万円貸して欲しいと言って、借りて返さないというものでした。その話を聞いた時は、やはりどうしてそんなことで、赤の他人にお金を貸すのかが分からないと思うのでしたが、その詐欺に引っかかった運転手というのが、私とよく話す知った人だったので、改めて詳しく聞いたのでした。荻窪駅のそばで手を挙げて乗って来たその男は、パーマのかかった頭で、色黒で細身の20代後半くらいだという事でした。タクシーに乗り込むと、どこか思い詰めた様子で、「運転手さん、申し訳ないのですけど、どうしても今日中に実家に帰りたいので少し遠いいのですけど、福島県の白河まで行って欲しいのです。お願い出来ますか。」と言ったのだそうです。そこから1万円を貸すことになるまでの話をその時は聞いたのでした。
それから10日ほども過ぎた頃、そんな話もすっかり忘れていたのですが、環八の側道から青梅街道に出る四面道の交差点の手前で、手を挙げて乗って来た男が、「運転手さん、申し訳ないのですけど、どうしても今日中に実家に帰りたいので少し遠いいのですけど、福島県の白河まで行って欲しいのです。お願い出来ますか。」と言ったのでした。
なるほど、よく分かりました
乗って来た男は、細面のパーマ頭でした。細身で色黒です。全てが合致しています。少し前に聞いた詐欺師に違いありません。乗って来た場所までも一致しています。それにしても、行き先も言い方も、全て同じというのはどうでしょうか。少しは変えないとだめだとは思わないのでしょうか。普段から台詞などを練習しているのか、何度か成功しているので、変えないのか、どちらにしろバレやすいとは思わないのでしょうか。そんなことを考えている私に、その男は「実は親父が危篤だと連絡が来て、どうも今日が山場だと言うのです。ところが明日が給料日で今2千円しかなくて、まだ電車はあるのですけど金がないのです。白河に行けば兄弟や親戚がいるので、払ってもらえるはずですから、お願いします。」と、これまた聞いたままに話すのでした。私は詐欺だと分かっているので、同情をするはずもないのですが、なかなかの演技です。今にも泣きそうな声で、真に迫っていました。どうしようかと考えていると、「本当に情けない話で、まさかこんな事があるとは思わなかったので、有り金を使ってしまって、明日が給料日なんで、大丈夫だと思っていたのですけど、無理を言って申し訳ないのですけど、お願いします。」と、明日が給料日だと強調するように言うのでした。
私の台詞は「申し訳ないのですけど、今から福島は時間的に無理です。」と言うしかないのでした。当然「そうですね。本当に無理を言ってすみません。しかし親の死に目に会えないのは本当に残念です。」とそう言って、その後は、半泣きの声で「私が悪いのはよく分かっているのですけど、どうしても今日中に帰りたいのです。赤の他人のあなたにこんな事は言いづらいのですけど、電車賃を貸してもらえないでしょうか。1万円ほど必要なのですけど。」と、前に聞いたままの事を言うのでした。私はどう対応すべきか考えていました。この時代はまだドラレコは前だけを撮るだけの事故対応だけで、車内の録画や録音はしていなかったので、警察に行っても、言った言わないの水かけ論になるだけと思うのでした。だからと言って詐欺を指摘して、逆切れされて凶行に走られても困ると思うのです。もっとも、詐欺師にお金を貸すのは論外です。
「もし貸していただけたら、一生恩にきます。明日には給料が振り込まれますから、必ず返します。なんでしたら、利子を付けます。どうでしょうか。」と畳みかける言いかたをしてきました。ここで断ったら人でなしになるでしょう。それにしても、借りるなら友人なり同僚なりに借りるべきです。それを言ったらいないのだと言うのでしょうけど。迫真の演技を見せていただいた礼に払うにしても、1万円は高すぎます。
そこで私は、もし詐欺でなく、本当だったら困ると思いながらも覚悟を決めて、「なるほど、よく分かりました。困っているあなたの要望に応えますよ。」と言うと「本当ですか、有難うございます。この御恩は一生忘れません。」と言うので、「それでは、福島へ行きます。向こうへ着いたら料金は兄弟か親戚が払ってくれるのですね。」と言ったのです。するとその男は絶句したのでした。「どうしたのですか。東北道で福島で降りたらいいのですか。」と言うと、「あなたは頭がおかしいですよ。」などと言うのでした。「何を失礼な事を言うのですか。あなたの為に福島へ行くと言っているのじゃないですか。」と言うと、その男は何も言わずに降りてしまいました。
やはり詐欺だったのだと確信したのですが、もし福島に行ったら困るのは私ではなく、あの男だと思うと、本当に福島に行って、あの男を福島に置き去りにしたかったと思ったのでした。